1級審判員/Jリーグ担当審判員 田中玲匡 追求するのは 90分間のマネジメント力

サッカー 2019/10/24
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text : inoue kazuo
井上 和男

 試合では平均して12~13㎞走るという田中。J1選手の1試合の走行距離が、トップ選手で13.5㎞前後とされる。主審は選手と同じくらいの距離を走りながら、副審と共に一瞬のプレーにも素早く判断し、正確な判定を積み重ねていく。選手をプレーに集中させ、見る者を楽しませるためには欠かせない存在だ。

 

 

 田中が今につながる道を選択したのは大学2年の時。そこから2012年にトップレフェリーを養成する日本サッカー協会(JFA)の「JFAレフェリーカレッジ」に9期生として入学し、年に1級審判員の資格を取得。年から新潟県出身者で初のJリーグ審判員となり、現在はJ3で主審を務めている。田中が語るサッカーの審判員(レフェリー)とは…。

 

 

 “審判員は黒子”です。試合中は目立たず、空気のような存在であるべきだと思います。加えて、試合が流れていく中で重要な局面が起きた時は、素早くその場の温度(雰囲気)を感じ取り、試合をコントロールし、マネジメントしなければなりません。試合が荒れるのは、審判員が正しい判定を下せていないからです。判定が難しいシーンはあります。それでも試合をしっかりとマネジメントできなければいけません。正しい判定を分間積み上げていく。それが理想的な試合だと考えます」

 

 今季のJリーグは、特にゴールシーンで審判団の誤認によるミスジャッジなどが起きている。田中にも誤審により試合を荒れさせてしまった苦い経験があった。

 「エラーしても次に繰り返さないように試行錯誤しながら自分のレベルを上げないといけません。トライアル・アンド・エラーです。(J3に比べて)J2やJ1は選手のレベルはもっと高い。こちらをコントロールしにかかってくることもあるでしょう。上位リーグの審判員にはさらにその上を行くマネジメント力が望まれます」

 人間の目を補うため、世界のサッカー界では機械の目(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の導入が始まっている。観客にも良いことだ。一方で、高度なスキルが発揮された審判員と選手の駆け引きもまた、サッカーの魅力の一つといえるだろう。

 

 

 日本サッカー協会や地域・都道府県サッカー協会が主催するサッカーやフットサルの試合の審判を務めるには、日本サッカー協会が認める審判員の資格が必要だ。簡単な実技と講習、筆記テストを受けて認定される4級審判員から始まり、一定の実績を積み、昇級の検定を経て3級、2級、1級(女子1級)へと上がっていく。審判員資格によって審判を行える試合は異なり、Jリーグの試合は1級審判員に限られる。今年4月1日現在、日本には227人のサッカー1級審判員がいて、このうち田中を含む人が今季のJリーグ主審に選ばれている。

 

 田中が審判員の道を志したきっかけは、1歳違いの弟・亜土夢への対抗心だった。新潟のサッカーファンなら周知のとおり、亜土夢はアルビレックス新潟でプロになり海外(フィンランドリーグ)でも活躍。現在はJ1セレッソ大阪に在籍している。

 「弟が(前橋育英)高校を出てアルビに入団した時、自分は大学2年。上の世界を見た時、選手では厳しいな、と。次に考えたのが指導者。けれどこれはプロ選手としての経験が物を言う世界で、弟が現役選手のうちに自分が同じ舞台に立つのは無理だと思いました」選手以外でサッカー界に携わる道を探していた田中。ふと脳裏に浮かんだのは、3級審判員の資格を持ち、休日には息子たちの試合などで笛を吹く父・浩幸の姿だった。

 「審判員なら同じ舞台に立てるんじゃないかと思いました。弟に負けたくないという気持ち、サッカーに携われる職業は何か、を考えた時、父のやっていたことが身近に感じられました」

 

 

 大学2年の終わりに3級審判員、歳で2級審判員の資格を取り、JFAレフェリーカレッジに入学。ここに入るには歳未満で2級審判員の資格を持ち、地域・都道府県サッカー協会または地域審判トレーニングセンターから推薦された上で、入学選考に合格しなければならない。(※JFAレフェリーカレッジは2016年で終了し、17年からは「地域レフェリーアカデミー」に移行)。

 この年はわずか4人の合格者。田中は2年間の養成期間を経て、1級審判員になった。「3級から1級までは順調に上がってきた」と田中。Jリーグの審判員も担当して順風満帆にも見えるが、現状を聞かれると表情が険しくなった。

 「毎試合、審判アセッサー(評価・査定担当)の方が審判員の評価を行います。1年間を通した成績評価によって、昇格(上のリーグへ)、現状維持、降格が決まります。早いと1年間で上がる審判員もいます。私の昨シーズンの自己評価は、自信を持ってしっかりと見極めて判定した量(回数)の割合が分間の中で少なかった、というものでした。来季こそはJ2に上がらないといけないと思っています」。弟と同じ舞台に立つには今季が正念場、と気持ちを引き締める。

 

 選手がそうであるように、審判員もまた、プロフェッショナルレフェリー(現在日本には主審が人)になること、W杯を頂点とした国際試合のピッチに立つことが目標であり名誉と考える。田中にもそう考えた時期はあった。

 「J1で主審を務めること、そして100試合、200試合と積み重ねていくことが現実的な目標です。プロですか?なりたいかどうか今は分かりません。とにかく今はJ1でできるだけ長く(審判員を)務めることが目標です」

 

 普段は一般の会社で働きながら、審判員を務めている。さらに、サッカー3級審判インストラクターの資格も持つ田中は、新潟県内で上級の審判員を目指す若手の見本となり、講習会などで指導も行う。

 新潟にはJリーグのクラブがある。そしてJリーグの主審もいる。サッカーレベルをさらにアップさせる素地が、新潟にはある。
(「スタンダード新潟」8・9月号掲載)

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