飛込競技・藤田優 体操で刺激され飛込で開花。 異能の15歳が一瞬に懸ける

その他 2020/07/28
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編集者

経験の長さが有利だといわれる飛込競技で、藤田優のキャリアはわずか3年。しかし、昨年の全国ジュニアオリンピックカップ夏季大会では2位に入った。並外れたセンスで存在感を発揮する15歳は、限られた練習時間の中で進化のスピードを加速させている。今年は新型コロナウイルスの影響で力を示す場を失ってしまったが、来年の全国大会では表彰台、そして日本選手権出場を狙う。

 

藤田優(ふじた・ゆう)◎2005(平成17)年2月7日生まれ、新潟市出身。新潟高校1年。長岡ダイビングクラブ所属。17年、スポーツ庁の「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト」に応募し、素質を見いだされて飛込競技の世界へ。現在、演技番号「6243」(逆立ち後ろ宙返り2回1回半ひねり)と、「5154B」(前宙返り2回半えび型2回ひねり)のトレーニング中。父と母、3歳上の兄の4人家族。

 

飛込競技は、「飛び板飛込」と「高飛込」の2種類に大きく分けられる。「飛び板飛込」は、バウンドする板(スプリングボード)の反動で体を跳ね上げて飛び込む。板の高さはプールの水面から1mと3m。「高飛込」は、同じく高さ5m、7.5m、10mの飛び込み台から飛び込む。
それぞれ、踏み切りから着水までのわずかな時間に、回転やひねりなどを組み合わせた技をいかに決めたか、また着水時に上がるしぶきをいかに抑えたか、この評価値に技の難易度を掛けて出した得点で順位を決める(ほとんどしぶきが上がらない着水は“ノースプラッシュ”と呼ばれ、高評価の対象の1つ)。
飛込競技はとてもスピーディーでダイナミックだが、その一瞬に、評価を引き上げるための要素が散りばめられている。完成度を高めるには、地道な練習だけでなく、観察眼や表現能力が必要だ。

 

 

藤田は、「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト」の1期生である。オリンピックやパラリンピックに向けて人材を掘り起こし、育成する、スポーツ庁の事業だ。小学生の高学年から体操をしていた藤田は、このプロジェクトにエントリーし、中学1年で飛込競技の世界に入った。体操から飛込への「転向」は、日本ではあまり例がない。
しかし、飛込競技には、競技以前にクリアしなければならない関門がある。それは、高いところから身を投げ出すことへの恐怖心。10mの飛び込み台は、マンションの3階に匹敵する高さ。水に入った瞬間の衝撃も激しい。誰でも足がすくむ。藤田も最初はそうだった。
「競技体験で初めてプールに飛び込んだ時は、頭からではなく、足から入る“棒飛び”でしたが、もちろんむちゃくちゃ怖かったです。でも、下にスーッと落ちていく間の空中にいる時間が楽しくて、それで飛込競技をやってみたいなと」
さらりと語る藤田。空中を舞台にすることは、体操競技で慣れていた。しかし、体操にはないフリーフォール感が藤田の気持ちをつかんだ。高さに対する恐怖心より面白がる度胸が前に出た。

 

 

指導する長岡ダイビングクラブの長谷川寛人コーチは、また違った角度で藤田の図抜けた一面を語る。
「一般的な選手が7年前後かけて養う空中感覚を、彼はたった2年で身に付けました。それに、普通はマスターまでに5年かかってもおかしくない技も、やはり2年で習得しています」
動きをのみ込むこと自体も難しい大技「5154B」(前宙返り2回半えび型2回ひねり)でさえ、3日程度の練習で覚えてしまう。だからこそ長谷川コーチは、藤田は間違いなく“持っている”と感じる。

「飛込は、複数回(基本ルールは6回)の演技すべてで技を変えなければならない一発勝負の世界。全ての演技で完成度を維持するには、精神面のタフさが必要です。彼には心の強い選手になってほしい」と長谷川コーチ

 

飛込競技に欠かせない空中感覚は、シャープであればそれだけ有利なのはいうまでもない。技が難しくなると回転数や捻りなど、一瞬の間にやるべき動作が多くなる。その完成度は、自分の体の状態を、瞬時に、どれだけ感じ取れるかにかかっているからだ。

ただ、上位争いは、わずかな動作や表現が生み出す「印象」で点を稼ぐシビアな戦いで、技はできて当然。その上で、動きはスムーズか、手足は揃っているか、精密か、大胆か。
そんなディテールは、日々を練習に費やし、成功と失敗を繰り返して、熟成される。競技を始めて間もない藤田と、幼い頃から競技し続けているライバルとの差は大きい。
だからこそ、練習の効率には気を配る。学校が終わってから、練習場所のダイエープロビスフェニックスプール(長岡市)まで、車で片道約1時間。移動で短くなってしまう練習時間内で、地上練習、プール練習、筋トレをこなす。

 

 

本番で意識していることは、普段どおりにやること。それと、あきらめないこと。「個人競技は自分が投げ出したら何も始まらない。しっかり向き合うしかないです」。昨年3月の全国ジュニアオリンピックカップ春季大会・男子1m飛び板飛込(12-13歳)で4位に、同夏季大会・男子高飛込(14-15歳)で2位に食い込んだ。実戦の場で、メンタルのしなやかさと演技の完成度は表裏一体だと、あらためて気付かされた。
この春、新潟高校に入学した藤田は、今後の目標として、学生にとって当たり前で、かつ一番難しい“競技と勉強の両立”を掲げた。でも、あきらめたらそれまで。飛込が教えてくれた「続けることで得られる力」を信じて進む。

 

藤田の練習拠点であるダイエープロビスフェニックスプールは、2009年のトキめき新潟国体のために建設された。飛込練習が十分に可能な環境を備えた国内有数の施設で、海外のナショナルチームが合宿に訪れることもある。藤田の成長を促し見守る母なるプールだ

 

 

 

 

 

撮影◎近藤俊

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