高校野球審判委員/笠輪充  「グラウンドティーチャー」子どもの今と未来を守る。

高校野球 2019/10/30
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「審判委員」という言葉がある。審判の中でも、高校野球の試合でジャッジを行う人を、このように呼ぶ。審判委員は、高校野球が誰のためのものなのか、何のためのものなのか、それを胸にグラウンドに立つ。審判委員の仕事について、新潟県高野連の審判部会長を務める笠輪充に聞いた。

Profile

笠輪充(かさわ・みつる)◎1957年(昭和32)7月26日生まれ、長岡市出身。74年、長岡商業高2年時の夏に甲子園に出場。亜細亜大に進学し、その後就職のため長岡へ戻る。84年から高校野球の審判委員となり、現在、新潟県高野連審判部会長。 2009年の夏、新潟大会の決勝では球審を務め、この時甲子園に進んだ日本文理高は準優勝した。

 

新潟県高野連審判部。ここに登録されているのは北支部と南支部を合わせて約160人。全軟連(全日本軟式野球連盟)に登録の審判のうち、特に高い技術と熱意を持った人材が高野連にも在籍している。審判を専業としているわけではなく、他に仕事を持つ傍らで審判を務める兼業(とはいえボランティア)だ。

 

春・夏・秋の県大会日程が決まると、これに沿って担当の試合が決められる。毎ゲームに必要なのは、球審に1人、塁審に3人、予備審判として1人の合計5人。新潟の場合、在籍の審判には大会期間中必ず1回は出番がある。
といっても、その割り振り作業が大変難しいという。まず、審判それぞれの本業の都合を考慮する。そして、審判自身の母校のカードは除外。もちろん、子や親族が通っている学校のカードも避けなければならない。しかし、苦労して作った割り振りも、順延が続けば台無しである。

 

他の地方に比べれば新潟はまだ人材に恵まれている方だというが、それでも世間の流れそのままに、高齢化と担い手不足が深刻だ。勤め人は大会参加のために仕事を休まなければならないが、これに気が引けるという理由で人が集まらない側面もある。北信越大会や甲子園への派遣もあり、そうなれば、長く職場を空けなければならない。「むしろ昔は『頑張ってこい』なんて送り出してくれる職場もあったのですが」と笠輪は微笑む。

 

誰もがそうであったように、笠輪も子どものころからの野球好き。長岡商業高校に進み、2年時に甲子園出場を経験、大学進学後も野球を続けた。この世界に入ったのは、すでに審判として尽力していた地元先輩の誘いがきっかけだった。
高校野球は、日本中の野球ファンを強く引きつけるスポーツだ。そして、学校教育の一環でもある。高校時代に甲子園の土を踏み、今は審判として関わる笠輪に高校野球の2つの顔について尋ねると、「私たちは、試合の場での模範になる『グラウンドティーチャー』の意識を持ってゲームに臨んでいます」と、力強く返ってきた。

 

高校野球の審判が特に「審判委員」と呼ばれる理由。それは、ルールブックに則ったブレのないジャッジをするのはもちろんのこと、教育的な視点を忘れず、大人の代表として振る舞い、子どもの今と未来を守る存在だからである。一般的な審判の仕事の範囲を、はるかに越えている。

 

グラウンドティーチャーの意識は、大会での審判委員の様子を見れば分かる。キビキビとした駆け足、ハッキリかつ素早いジェスチャー、スタンドからの声援に負けない大きなコール。審判委員のはつらつとした身のこなしや所作は、フィールドを高校野球にふさわしい雰囲気で包み込む。「そのようにした試合は、勝っていても負けていても気分が良いものだ」という考えを、選手に身をもって伝えている。

 

それだけではない。チェンジの際は「さあ、元気よくいきましょう」と声をかけ、暑い日は選手の体調を観察する。危険なプレーには丁寧に指摘し、クロスプレーがあったときはダメージがないか、その後しばらくは選手に目を向け続ける。投球が身体にかすった程度で問題がないように見えても、それが頭部だった場合は即座に臨時代走を促す。また、試合前には選手が使う用具を手に取り、危険につながるような傷みなどはないかを点検する。さらに5人の審判委員でフォーメーション(試合展開に応じた動き)を改めて確認し、試合が終われば競技委員も交えての自己評価も欠かさない。そのすべてがプレーする子どもたちのためだ。

 

3年にとって、夏の大会は高校野球の集大成になる。勝敗にかかわらず、野球をやっていて良かったという思い出のまま高校生活を全うしてほしい。野球は楽しいと、ずっと思っていてほしい。そのために、審判委員はグラウンドティーチャーに徹する。これが審判委員共通の目標であり、それを実現することが最大の役目だという。

 

春に甲子園で行われている「全国審判講習会」。年に一度、都道府県の代表が参加し、グラウンドティーチャーの精神を地域に持ち帰る。夏の大会に向けて、甲子園と同じ考えを地域に浸透させる。
「例えば球審であれば、ホームベースに球が少しでもかかれば、常にストライクとコールできるようにする。どんな時でも規則通りに、自信を持って判断できることが子どもたちにとって大事です。球数制限につながる話ですが、私たちの判断が揺らぐと投球数が増えてしまいます。公平で安定したジャッジが投手の負担を軽減することにもなるのです」と、笠輪は審判委員としての高い意識を胸に宿す。

 

試合を始めるとき、球審は普通「プレーボール」と発する。しかし、笠輪は1回の表とウラだけ、こう宣言するそうだ。
「フェアプレー」

 

(Standard新潟/2019年6・7月号掲載)

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